頸椎椎弓形成術(頸椎後方徐圧手術)
首の後ろの部分を切開し、首の部分の脊椎(頚椎:けいつい)のワッカを後ろから広げるイメージの手術をします。
手術の目的
脊椎の中のワッカ(脊柱管)に入っている脊髄が圧迫されているので、その入れ物の後ろの部分を広げようとする手術です。脊髄の入れ物の形は変えられますが、脊髄の傷を戻すものではありません。したがって、脊髄の傷は残りますので、手術の目的は脊髄由来の症状を良くするためではなく、これ以上脊髄の障害が起きないように進行予防をすることであることをご理解ください。
手術の成功の確率
自分たちが大きなトラブルもなく予定通りに手術が遂行できる確率は95%以上であると思います。このように予定通り行けば、上記の最低限度の目的である、「症状の進行予防」は成し遂げられるのではと思っております。
手術法
われわれが行っている椎弓形成術の手術方法は、2001年にアメリカの脳神経外科学会学会誌および日本の脊椎脊髄外科の医学専門誌に掲載されましたが、それを紹介します。
手術の実際
全身麻酔をかけて手術を行います。
首の後ろの部分に約5cm程度のまっすぐな皮膚の傷(切開)を作り、そこから頚椎に達してゆきます。
下の図のように操作をして、頚椎の輪(脊柱管といいます)の後ろの部分の「屋根」これを椎弓と呼びますが、これにドリルなどで切開を加えて、椎弓を持ち上げるわけです。持ち上げた椎弓はチタン製のスペーサーという部品で固定します。
それにより、脊柱管はこれまでより後方に5-10mmくらいはスペースが出来ることになり、圧迫を受けている脊髄は後ろに逃げることが出来るわけです。
通常、この手術は2時間前後で終わり、出血量も多いものではありませんので、輸血する必要はゼロに近いです。
脊椎を片方展開したところです。
棘突起という後ろにある出っ張りを切り取ったところです。
溝を掘ったところです。
椎弓部分を持ち上げたところです。
最後に、棘突起を繋ぎ合わせたところです。
手術法について
今回紹介した方法は、多くの施設で行っているものと大きく差はありません。椎弓部分を持ち上げたときに、それを固定するために、スペーサーというもの(金属あるいはセラミックでできているもの)をその間に挿入する場合がほとんどです。
従来日本ではスペーサーとしては、セラミック製品が多く使われていましたが、海外ではチタン製品が主流でありました。日本だけ・というのはガラパゴス携帯と同じ運命になりかねないと思いました。我々は、独自にチタン製品のスペーサーを発案して、日本で開発された初めての製品としては2013年に医療用材料として認可されました。バスケット・プレートと登録されましたが、このスペーサーはその後も多くの施設で賛同を得て、使用されています。
この手術のプロトタイプは2004年に刊行された日本の脳神経外科の教科書とも言うべき「脳神経外科大系」という本に掲載されております。
手術の合併症
手術に際して、患者さんにとっていろいろな不利益なことは、人間が人間を扱う以上必然的に起こりえるものであります。これらを手術合併症と称しており、以下に挙げるようなものが含まれますが、これらの発生確率は当診療科では4%前後で推移しています。
怖いことが以下に列挙されていますが、治療側の「説明義務」とそれに基づく患者さん側の「自己決定権」という観点から必要なものとご理解くださいませ。
1.命に関わる合併症
(1) | 全身麻酔にかかわるような、心臓、肺、脳などの重要臓器に障害が現れることがあります。偶発的な病気の発生と技術上の問題とがあると思いますが、特に高齢者では多いかと思います。詳しくは麻酔科医師にお尋ねください。 |
(2) | 手術中や手術直後、じっと足を動かさないでいやすいです。すると、エコノミークラス症候群と言って、足の血管に血の塊(血栓:けっせん)が出来てしまい、それが、後になって肺の方まで流れていって、肺の血管を詰まらせて、呼吸にトラブルが生じ、命も脅かすことがあります(肺塞栓:はいそくせん)。通常の予防手段はとっておりますが、完全に防ぐことは出来ません。 |
2.機能的な合併症
(1) | 手術の傷や首の後ろの部分の筋肉痛は手術後数日で取れますが、慢性的な首の後ろの「こり」はこの手術では宿命的に背負わなくてはなりません。これは、胃腸の手術を行えば、お腹の筋肉は切りますので、お腹が硬くひきつれるのと同じことです。 |
(2) | 椎弓を持ち上げる操作の途中に、脊髄や神経を圧迫してしまい、今よりも一時的に脊髄や神経の症状、具体的には「手がしびれる」「腕が曲がらない」などの症状が出る可能性があります。 |
(3) | 膜(硬膜:こうまく)を傷つけてしまうことがあります。すると、膜の中では脳からの水(髄液:ずいえき)が脊髄の方まで循環していますので、お水が漏れてしまうことがあります(髄液漏:ずいえきろう)。その水漏れを放置しておくと、傷の表面まで溢れてきて、逆にそこからばい菌が入り込む(感染)ことがあり危険な状態となります。それを防がなくてはなりませんので、髄液漏を発見した場合、針で縫い合わせても、針穴から水が漏れてしまうので、フィブリングルーと言う血液の製剤から出来た「糊」のようなものをそこに塗ってくる事があります。 |
(4) | 基本的に脊髄を助けるために椎弓を後ろへ移動させるわけですが、それにより脊髄が急に後ろへ移動するので、脊髄から出る神経が引き伸ばされてしまい、上の(イ)と同じような症状が出ることがあります。腕が上がりにくいとか肩の周りがしびれるなどの症状がでます。3%くらいには起き得るといわれています。通常は、6ヶ月から1年くらいで戻る場合が多いです。 |
(5) | 手術後にせっかく持ち上げた椎弓が落ち込んでしまい、再閉鎖という事態になることがあります。 |
(6) | 頚椎の手術をするので、頚椎全体の並び方(アライメントと呼びます)が悪くなり、生理的には前に弓なりのアライメントが崩れて、トラブルを起こすことがあります。 |
(7) | どんな手術でもつき物ですが、ばい菌がついたり、術後に出血など起こす可能性があり得ます。手術後に膀胱炎になったり、傷の治りが悪かったり、チューブのあとが身体表面の一部に残ったりなどの、種々のトラブルが起きることがあります。 |
(8) | 手術前後で使用する種々のお薬などでのアレルギーも起こりえます。 |
他の手術法の選択
他の施設でも、持ち上げた椎弓を固定する種々のついたて(スペーサーと称しています)が使われています。基本的には同じ目的であり、大きな違いはありません。